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【行ってみた】伊賀出身の大物俳優さんと伊賀市長の対談!!

今回の「だーこ」。
一味も、二味も違いますよ…
未だかつてない
ビッグネームのご登場
みなさま、心のご準備を






ある日の午後、伊賀市役所にて。
伊賀出身の、ある大物俳優さんが
岡本市長と対談されるということで
だーこスタッフも現場に
もう、ほんっっっとに
心臓ドキドキ・バクバク

数々の映画やドラマに出演されていて
いつも画面越しに拝見していた
あの方が目の前に
いらっしゃるなんてっ(卒倒レベル)

それでは、みなさま…
お待たせいたしました~
大物俳優さんとは
この方です~~~

椎名桔平さん
今回は「ふるさと応援対談」いうこと
岡本市長との対談が実現。

桔平さんの伊賀で過ごした少年時代のこと
故郷を思う気持ちなどなど
お2人の話をたっぷりお伝えします





対談は市長のこんな言葉から始まりました。

「桔平さん、おかえりなさい。」

「ただいまです。」
と桔平さんが答え
和やかなムードでスタート

桔平さんが故郷を離れて37年。
話は、伊賀で過ごした幼少期のことへ。

東忍町で生まれ育ち
少しシャイなタイプだったという桔平さん。
当時、伊賀はサッカーで有名な町だったので
小学校3年生の頃からボールを蹴り始めたのだとか
中学校の頃には三重県で優勝し
全国大会に出場するほどの実力
高校でもサッカーを続け「サッカー少年」
として伊賀で育ってこられました。

そんな桔平さんが
どうして俳優の道へ?

「僕、サッカーしようと思って
東京行ったんですよ。」

なんと上京のきっかけは
俳優ではなく、サッカー
関東リーグが盛んだった当時。
高校で三重県代表に選ばれたこともあって
全国から高校生の猛者たちが集まってくる
そのリーグで、自分の力を試したい!
と体育会に入ったそうなのです。

そんな中。。。

サッカーのできる青年を起用する
CMがあって、知人から声がかかったそう。
好奇心からオーディションに臨むと
見事、採用
なんと撮影はハワイで行われたのだとか
そのハワイの気持ちよさもあり
「なんだろうこの世界は!」
どんどんと興味が膨らんで
芸能界の道へ。

すぐに、芸能界へ入れると思っていた
桔平さんでしたが
「なかなか、壁は高くて(笑)。
そこから10年近くかかりましたね。
世間で知っていただくようになるには。」

と、椎名桔平さんでも
苦労された時代があったのですね~
いまでは、ご存知の通り
伊賀が誇る大俳優さんですこうして長い間、俳優として
東京で暮らしてこられた桔平さん。

「伊賀のことを思い出すことはありますか?」
という岡本市長の問いに。

「ものすごく印象的な

エピソードがありまして…」
と、お話しくださいました。
東京で必死だった若い頃は
田舎のことを少し忘れていたそう。
そんな時、食事の席で同郷の先輩が
「今はわからないと思うけれど
この先いつか望郷の念に
かられる時が来るから。」
といわれたことを
最近になってよく思い出し

実感されているのだとか。

「故郷を振り返ってみて
伊賀はどうですか?」
と聞かれると
「いい町だな~と思いますね~」と即答
故郷愛、うれしいですね
出てみないと感じることのできなかった
故郷の良さ、というのもあるようです

最後に、桔平さんから
次世代を担う若い人たちに
メッセージを頂きました

「人っていうのは、着実に
経験と実績を積み重ねていって
それなりのポジションに行くべき。」

「20代の頃、食えないときに
『10年1つのことを一生懸命やったら
神様がご褒美をくれる』

というオノ・ヨーコさんの言葉を
ずっと自分の中で思っていました。」

この言葉通り、10年わき目降らずに
役者の道を頑張ろうと思ってこられて
なんとか10年手前で日の目を見たという桔平さん。
自分の道を地道に進んでいくことが
大切なんだな~と改めて実感した言葉でした


「故郷があって良かったなぁ~って
日増しに思いますね。
今なかなか、こういうのどかな
自然に囲まれた町に
行くことが少ないので
これが最高の贅沢だなと。」

という桔平さんの話に
普段生活している中で
忘れがちな伊賀の良さを
改めて思い返すことができました

桔平さん、いつでも伊賀へ
帰ってきてください
「おかえりなさい」
とみんなでお出迎え致します

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